いじめについて思う事

事件の報道から2週間近くが経ちますが、僕の心境は「今一つぱっとしない」って感じです。
世間的には加害者に対してブチ切れムードですが…

いじめの内容をざっと見たんですけど、もうどうしようもないくらい酷いですね。
ここまでの過激ないじめは、田舎の中学校でもそうそう起こらないと思います。いじめって、半ば一方的な行為だから「絶対にあってはならない」とは理解出来るんですけど、やっぱいじめられてる側にも問題があると思うんですよね(割合的には、加害者7割で被害者3割くらい)。

「こいつさっさと消えてくんねぇかな~」って思う瞬間って、生きていれば誰しも一度は経験しますよね。
学年やクラスには一人くらい、マジでむかつく人間がいると思います。僕は、嫌いな人とは徹底的に距離を置きたいと考えるタイプで、「こいつが死んでも葬式には行かないな」って思う人は数人いますね。もしも、その人がいじめられていても「お気の毒」程度にしか思わないかもしれない。

同情することはあっても、その人を助けるような行動は僕は取れないと思います。
こういった考えの延長線上にいじめがあるんでしょうね。


なので、こういう事件を見ると「所詮は運ゲーかー」って思ってしまう。
自分の人生を振り返ってみると、「何故人を殺してはいけないのか?」「何故いじめをしてはいけないのか?」を論理的にキチンと教えてくれた人は、親や先生・友達を含めていません。大抵の場合は、ダメなことはダメ、法律で決まっているから、なんていう教えを受けてきたと思います。

僕の場合は、小学校の頃、よく友達との遊ぶ約束を自分の都合で断ったりしていて、ある日から一緒に遊んでもらえなくなりました。その理由を友達に尋ねたら「嘘つくから、裏切るから」とか言われて、「ああ、こういうことをしたら友達から嫌われるのか…嘘はよくないな」みたいな感じで、実際に経験しながら良いこと悪いことを学んできたと感じています。たぶん、僕の友達達も同じようにして理解していったんじゃないのかな?と思っております。

子供のころから、「どうして人を殺してはいけないのか。どうして人を殺すと悪者になるのか。どうして人を殺すことは法律で禁じられているのか」を論理的に理解している人なんて極僅かだと思うし、そういった教育をしている大人は皆無に近いと思います。事実、僕は親や先生からそういう哲学的なことをしっかりと教えてもらったことは一度もありません。全部、成長するにつれて自分で考えるようになりました。

なので、自分が立派に成長する為には、優れた教育よりも他者の存在の方が欠かせないと思うんです。でも、人との出会いってそれこそ運命だし、自分の力じゃどうしようもない。つまるところ、運ゲーと納得せざるを得ない。


今の世の中、しっかりと教育すれば怒鳴ってくるのは保護者の方だし、その保護者達を納得させるようなことを言える先生っているんですかね?ってかそういうのって最早洗脳のレベルだし、逆に良くないと思う。今回の事件も、なんか先生が手に負えるレベルを超えていたような気がします。

学校が腐ってるから、先生も相応な対応になっちゃったんじゃないでしょうか。
学校が腐ってる=地域が腐ってる=人間が(略)ってことですね。環境に流されずに自分を保ち続けるのはなかなか困難だと思いますよ。


その地域に住めばその地域の人間になってしまうから、そこで生まれた子供達の人生はまさに運ゲーとしか言えない。まずは自分の目の前のことしか見えませんしね。
もちろん、ずっと環境のせいにし続けるのは問題がありますけど、スタート地付近はどうしようもないんで。

結果として、死んでも大津市には住みたくないと思いました。

コメント

このブログの人気の投稿

自分への投資を続けるか貯金するか

おはようこんばんわ

「マルクス経済学 (図解雑学シリーズ)」を読み終えて