マルクスは放任主義に近いと思った

不自由が少ない状態で自由に選択し自分で生きていく

あくまで私が感じたものです。自分のことは自分で決めろという感じです。理想は理想として掲げるけど、基本は放任主義(障害なく物事が循環する森羅万象)のような考え方なのではないかと感じました。

国が国歌斉唱を国民に義務付ければそれは自由への侵害にあたります。でも国が強制しなくても、朝礼などで皆が国歌を歌っていると、自分も同じように歌わないと皆から嫌な目を向けられると感じ、しぶしぶ歌います。このような相互強制の場合でも、マルクスの考え方では自由への侵害に当たります。


なぜ相互強制の状態が自由への侵害にあたるのか

単語に強制が使われているからではなく、明確な理由があります。
国は強制していないから実際には強制力を持っていません。なのに何故嫌々ながらも従ってしまうのか。権力者(上司や教師)が朝礼での国歌斉唱を押してくるのは、単純に上から(社長や校長)の圧力があるからです。人は頑固な一面もありますが基本的には柔軟な生き物だと思います。だからこそちょっと強めの圧力が掛かってしまうと、それに従ってしまうんですね。


上司に怒られるから歌おう…この割合が増えてくれば、上のように「皆に合わせないといけない!」という強制的な使命が生まれます。これは確かに自由への侵害ですね。

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